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東京地方裁判所 昭和29年(ワ)1663号 判決 1954年7月17日

東京都板橋区小豆沢二丁目十二番地

原告

三瓶金属工業株式会社

右代表者代表取締役

三瓶昇造

右訴訟代理人弁護士

矢部善夫

被告

右代表者法務大臣

小原直

右指定代理人法務事務官

杉本良吉

大蔵事務官 五十嵐文男

大蔵事務官 石森克二

右当事者間の昭和二十九年(ワ)第一六六三号配当異議事件につき当裁判所は次のとおり判決する。

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は請求の趣旨として「債権者原告、債務者訴外三和コンジツト株式会社間の東京地方裁判所昭和二十八年(ヌ)第二九三号不動産強制競売事件について、昭和二十九年二月十八日同裁判所が作成した配当表の内競売手続費用金一万七千九十八円を申立債権者に交付するとある部分を除いて東京都港税務事務所長に金一万九千二百三十五円を芝税務署長に金五十六万三千六百六十七円を交付するとある部分を東京都港税務事務所長に金二万四千六百十五円を、原告に金五十五万八千二百八十七円を配当すると変更する。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求めその請求の原因として、

(一)  原告は訴外三和コンヂツト株式会社に対し東京地方裁判所昭和二十七年(ワ)第七七九一号約束手形金請求事件の確定判決に基く金百三万六千百十円の債権を有していたので、昭和二十八年六月十九日右債務名義に基き東京地方裁判所に対し右訴外会社所有の建物につき強制競売の申立(同裁判所昭和二十八年(ヌ)第二九三号事件)をなしたところ、同裁判所は同年六月二十二日強制競売開始決定をなし、同年十二月二十二日の競売期日において原告は最高価金六十万円をもつて競買を申出で、翌二十三日の競落期日において原告に対し競落許可決定がなされ、代金支払期日を昭和二十九年一月二十三日と定められたので、原告はその前日に代金全額の支払を了した。

しかるところこれよりさき東京都港税務所長は昭和二十八年七月二十七日附交付要求書をもつて前記競売事件につき東京地方裁判所に対し右訴外会社に対する法人都民税及び固定資産税合計金二万四千六百十五円の交付要求をなし、芝税務署長は昭和二十八年七月七日附交付要求書をもつて同じく右訴外会社に対する法人税、源泉所得税、利子税、延滞加算税等合計金五十四万七千六十五円の交付要求をなし、さらに昭和二十九年二月十八日附書面をもつて右訴外会社に対する利子税金二十一万九千四百三十円及び延滞加算税金二万九千五百円の交付要求をなした。なお他に配当要求乃至交付要求をした債権者はない。

ところで東京地方裁判所は昭和二十九年二月十八日の配当期日において、右期日に出頭した原告に対し、前記売得金六十万円中まず競売手続費用金一万七千九十八円は申立債権者たる原告に交付するも、残金の内金一万九千二百三十五円は東京都港税務事務所長に、金五十六万三千六百六十七円は芝税務署長にそれぞれ交付し、原告の前記債権については配当しない旨を記載した配当表を示したので、原告は直ちに右配当表に対し異議を述べた。

(二)  以上の次第であるが被告の前記交付要求は左の理由により不適法であるから、右配当表は請求の趣旨記載のとおり変更さるべきものである。即ち、

(1)  民事訴訟法第六百二十条第一項は、配当要求の方式につき配当要求はその原因を開示し執行裁判所にこれをなすべき旨を規定し、国税の交付要求も右方式に準じてなさるべきものと解されるところ、被告の前記交付要求書には、国税の所属年度、納期、税種、金額が記載してあるのみであつて、その税金額成立の原因関係、即ち青色申告か不申告か、更正決定によるものか否か、所得の種類(利子、給与、退職金、原稿料、その他報酬所得の別)が何であるかを少しも知ることができないのであるから、「原因を開示」したものとはいいがたく配当要求の方式に違反したものであり、従つて法律上効力なきものといわなければならぬ。

(2)  民事訴訟法第六百四十六条第二項は、配当要求は競落期日の終に至るまでこれをなし得る旨を規定し、国税の交付要求も配当要求に準じてこれと同様の時期の制限に服すべきものと解されるところ、被告の前記昭和二十九年二月十八日附交付要求は配当期日の当日に至りはじめてなされたものであつて、競落期日終了後に属することが明白であるから違法であり、少くとも右要求額は被告に配当することができないものといわなければならぬ。

(3)  被告の前記交付要求にかかるものは昭和二十五、六、七年度の国税であり、その総てが過年度に属するものであつて、このような過年度国税に優先徴収権を認めることは不当である。国の歳出は原則として公債または借入金以外の歳入をもつてその財源としなければならず(財政法第四条)、しかも各会計年度における経費はその年の歳入をもつてこれを支弁しなければならないのであるから(同法第十二条)、その年度即ち現年度の歳入の主たる財源である現年度の国税については現年度の歳入を確保するために総ての公課及び債権に先だつて徴収する必要があるが(国税徴収法第二条)当該年度に収納せられることなく、収納未済として次年度に繰越された国税即ち過年度の国税は次年度の歳入の財源として予定されたものではなく、もはや目標を失つた架空的形式的な数額に過ぎないものであるから、これに対して優先徴収権を認める必要は毫もない。しかるに被告がたまたま本件強制競売手続に便乗して前記訴外会社に対する過年度国税の優先徴収権を主張し、売得金のほとんど全額に近い配当を受けようとしているのは、過年度国税債権の本質を忘れて一般債権者の犠牲において不当の利得をはかるものであり、信義誠実の原則に違反し、権利濫用のそしりを免れない。

と陳述し、乙第一、二号証の成立を認めた。

被告指定代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として請求原因(一)の事実はこれを認める。但し原告主張の昭和二十九年二月十八日附書面は、昭和二十八年七月七日附交付要求書の内容を明かにして通知したに止るもので、新に別個の交付要求をしたものではない。即ち芝税務署長は訴外三和コンヂツト株式会社の滞納税金徴収のため、昭和二十八年七月七日附交付要求書(乙第一号証)をもつて法人税(本税並に無申告加算税)、源泉所得税(本税並に源泉徴収加算税)認定賞与(本税並に源泉徴収加算税)合計金四十八万五百五円及び法人税法第四十二条、所得税法第五十六条による利子税、国税徴収法第九条による延滞加算税のうち本税が既に納付され従つてその税額が確定したもの合計金六万六千五百六十円以上総計金五十四万七千六十五円について交付要求をなし、同時に、利子税延滞加算税中本税現納の日が判明しないため税額の確定しない分については右交付要求書の各該当欄に「要」と記入し、これ等についても交付要求をなす趣旨を明かにしておいたのであつて前記昭和二十九年二月十八日附書面(乙第二号証)はこの未確定分の同日現在までの利子税及び延滯加算税額を計算確定した上、これと前記税額の確定し既に前記交付要求書に記載済みの利子税及び延滯加算税額を合算すればその合計額が金二十四万八千九百三十円となる旨を通知したに過ぎないのである。(従つて被告が交付要求をした税金の総額は前記五十四万七千六十五円と、右金二十四万八千九百三十円より前記六万六千五百六十円を控除した差額金十八万二千三百七十円とを合算した金七十二万九千四百三十五円である。)而して右のような措置は利子税及び延滯加算税の性質上当然のものであつて、法定の時期に遅れた不適法な交付要求であるということはできない。なお被告の前記交付要求が民事訴訟法第六百四十六条第一項所定の方式に違背し無効であるとの原告の主張は同法条の解釈に関し独自の見解を採るものとして許されず、また過年度の国税債権に優先徴収権を認めることが権利の濫用である旨の原告の主張も税の本質を解せざる謬見として排斥さるべきである。と述べ、立証として乙第一、二号証を提出した。

理由

原告が請求原因(一)において主張する事実は、昭和二十九年二月十八日附書面(乙第二号証)の性質を除いては、当事者間に争がない。

よつてまず右書面が新な交付要求を記載したものであるか否かにつき按ずるに、成立に争のない乙第一、二号証を綜合すれば、被告は昭和二十八年七月七日附の交付要求書をもつて本件要求をなすに当り、法人税、源泉所得税及び認定賞与に対する利子税と延滯加算税のうち、税額が確定しない分についてはそれぞれの該当欄に「要」と記載してこれ等の分に対しても交付要求をなす趣旨を明示し、その後昭和二十九年二月十八日附「利子税額延滯加算税額計算書」と題する書面(乙第二号証)をもつて、右利子税及び延滯加算税の税額を計算確定し、これを執行裁判所に通知したものであることまことに被告主張のとおりであることが認められる。元来利子税及び延滯加算税は本税の納付の日まで徴収せられる関係上、予めその税額を確定し難いので、交付要求の場合には本税の収得さるべき配当期日の指定を待つてその税額を計算確定する外はない。(このことは私法上の金銭債権の遅延損害金についても同様である。)しからば被告の前記計算書は単に昭和二十八年七月七日附交付要求の内容を計算上明確にしたものに過ぎずして当然これに包攝せらるべきものであり、新な交付要求をなしたものとは目し得ないから右書面により被告が法定の時期に遅れて新な交付要求をしたものであるとの原告の主張は理由がない。

次に被告の交付要求が法定の方式に違反し無効であるとの原告の主張につき按ずるに、前記乙第一号証によれば、被告提出の交付要求書には税目の欄に「法人」「源泉」「認賞」等と記載してあり、「法人」とは法人税、「源泉」とは源泉所得税、「認賞」とは認定賞与の意であることが窺われ、しかも右各税目につき年度、納期、税額(本税額、無申告加算税額、源泉徴収加算税額に内訳されている)記載が存し、かつ利子税及び延滯加算税を附加すべき税目に対しては、その該当欄にそれぞれ税額確定のものについてはその税額、税額未確定のものについては「要」と記載して適宜の時期に確定せしむべき趣旨を表示してあることを認めることができ、もつて如何なる税の如何なる額につき交付要求をなしたかを知るに十分であるから、交付要求の原因の開示として何等欠けるところはないものというべきである。よつてこの点に関する原告の主張も理由がない。

最後に過年度の国税債権につき優先徴収権を主張することは権利の濫用である旨の原告主張につき按ずるに、国庫の歳入を確保するためには、現年度の国税のみならず過年度の国税についてもまた優先徴収権を認めることが必要であり、この観点より国税徴収法第二条は現年の国税と過年度の国税との間に徴収方法につき別段の区別を設けていないのであつて、過年度の国税と雖も法律上当然に優先徴収権があるものであるから、被告がこれを行使することにより本件競売事件において原告に対する配当が皆無になつたとしても、権利濫用をもつて目することはできない。よつてこの点に関する原告の主張もまた失当である。

前敍説示のとおり原告の本訴請求は到底認容するに由ないからこれを棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 古山宏 裁判官 江尻美雄一 裁判官 川添万夫)

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